(最後に追記:20241208)
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《破·地獄》 (The Last Dance)
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陳茂賢導演、編劇。
黃子華、許冠文、衛詩雅、朱栢康主役主演。
香港葬儀業の道教儀式破地獄を題材に,人と人との間の繋がりと、生死をテーマとする作品。
粵語上映:2024年11月9日, Sat (公映)
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この映画!!😆
なーんと、香港公開されるや、初日興行成績、《九龍城寨之圍城》や《毒舌大狀》よりも好成績を記録しているこの作品。(現在も興行記録更新ちう~!しかも黃子華3作品連続香港興行成績トップ、(《破·地獄》が最高、とこの記事を書いているそばから、次々と記録更新ちう~!))
しかも、この作品は、
香港公開よりも先に日本の東京国際映画祭で上映されて黄子華も出席したことで、日本のファンの方々が香港よりも先に観賞されて、ぞくぞく、評判も聞こえてきてまして、、。
こんななので、
香港のほうがあとになってたので、早く観たーい!😍と思っていたのに、、
ひゃあ~...💧
香港で優先場の映画館は満席!😳
チケット取れないじゃん!
マジかー!
そして、ようやく、
公開2日目の日曜日の昨日、観に行こうとしたら、朝いちの初回の回だというのに、この日も映画館ほぼ満席!😳😳👍
ギリギリ、はじっこ隅っこの席の前列2列目しかなかった。😳
.....なんか、すっごい、評判!。。😳😳😳
とくれば、どんな映画なのかな?😳🤔
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とドキドキ🤔🤔しながら、観賞しました。。
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疫情による不況でウェディングプランナー業だった道生(黃子華)は、不本意ながら葬儀社に転職することに。。初めは見解の違いからパートナー役の傅文哥(許冠文)としばしば衝突する道生(黃子華)だったが、やがて仕事を通して生と死の意味を理解するようになり..(東京国際映画祭紹介より少々拝借😅)
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不況で仕方なく葬儀業に転職した道生(黃子華)は道教の師匠、喃嘸師傅の文哥(許冠文)と知り合うが、衝突ばかり。
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この辺、ストーリーセオリーとして、そのうち、お互い次第に理解してわかりあうようになるんだろうな~..とわかりますよね。。😁
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ところで喃嘸師という職業は男子継承。文哥(許冠文)には息子,喃嘸第三代傳人の志斌(朱栢康)がいて、文哥(許冠文)はこの息子に自分のあとを次がせるつもりだったのだけど、この息子にはさほどやる気がなく、自分の家庭のほうを大切に思っていた。
逆に、娘の文玥(衞詩雅)は救急の仕事をしていたが、本来は、喃嘸師の仕事をしたかったのだが喃嘸師の仕事は男子継承で女性には継承させない風習であったため、継ぐことができなかった。
うっ積した思いから娘の文玥(衞詩雅)は父親に対して孝行できず、父親も娘に対して心の中の愛情を示せずにおり...。
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視聴者視点でいくと、
映画ストーリー骨子として難しいとこはなく。。
家族の関係、人と人との繋がり、生死の観念。。を問うお話なのだな。。とわかるのですが。。
🤔🤔🤔🤔
この喃嘸師、というお仕事、
香港ローカル色、めっちゃ強い。
道教ですよね。
現代の普通の一般の市民もよくわからないものではないか。
伝統的な、道教の風習。香港の人たちも、若い人ほとんどが葬儀のときにはじめて、それがどんなものかわかるのかもしれないですよね。
(←...というのは、ちなみに。友人で、道教の葬儀に出席したひとが『やっぱ世界のビックリショーにしか思えない…道士が火のついた松明を上に放り投げながらクルクル踊ってる…』
と言ってたのを思い出したw(←このネタここに出していいのかなw後で消すかもw)
それだけじゃない、知り合いの香港人の友人(彼女はダンサーなんですが)、道教の葬儀に出席したときに、『道士が、私達も真っ青な華麗なスピン回転をしてた!w 😝』といっていたのも思い出した😝😂←マジかー!😝
💧💧💧💧
...
えーと、話しを戻して。😅💧
じゃあ、喃嘸師とは?
という話しなんですけど。。
私もよく知らないのですが、道教の道士、。
じゃあ、道教のいう、《破·地獄》とは?
🤔🤔
ちょいとかじったところでは、
【破地獄とは、、道教の葬儀礼儀、法事のこと。その法事の主な目的は、喃嘸師傅が死者を九層からなる地獄から解脫させ、目覚めを促し、迷いをなくし、地獄の苦しみから救い安息をもたらしてあげること。
この儀式は、通常亡くなられた方の出棺前の通夜に行われ、事故で亡くなった方や若くして亡くなられた方には特に重要である】となってまして。。。
更に、
【九層地獄には各々異なる懲罰があり、
このため、師傅は儀式中で、一種特殊なステップで地獄へと渡り,その後ダンスや火を吹いたり、劍を交わしたり,木劍で九層地獄を表す九塊瓦片を砕いたりすることで地獄の束縛を打ち砕くことを象徴し、亡靈が更なる良い來世へと入り解脫するための手助けをすることで、残された家族にも慰めをもたらすのである。破地獄とは、生者の最後の別れでもあると同時に,死者のあの世への道を開くものでもある。(概略)】
だそうな!!😳😳😳
....そうだったのか~。。😳😳
ビックリショーとかスピンすげーとか笑ってゴメン💧😅
でもさー、私も、葬儀館でこの道教の葬儀を外から見かけたことあったけど、日本人はほんと、皆さんビックリすると思いますわ...。💧😅
この《破·地獄》、
香港ではじめて葬儀を題材にした作品だそうで、リアル追求のために特別に紅磡殯儀館と義莊實地で現地ロケしたんだとか。映画中では、殯葬儀式における様々なリアルなシーンもふんだんに織り込まれていて、例えば、遺體の防腐、執骨(お骨拾い)、亡くなられた方の死化粧(着替え化粧)、破地獄等の過程の真實の一面を視聴者の前に顕現してみせている。
と、レビューにもあり。
この死化粧も。
道生(黃子華)が真剣に仕事に向き合うようになってから、自らやるようになる過程は、ちょっとビックリしましたわ。。
***なんとなく、そういえば、日本の映画「おくりびと」に似た感じかな日本だと「納棺師」になるか****
道生を演じる黃子華も、実際葬儀師にからこの葬儀のお仕事を学んだんだとか。
傅文哥役の許冠文、文玥の衞詩雅、志斌役の朱栢康も、破地獄を学び、武術指導から剣の稽古をつけてもらったとか。
.......
映画題材は、生死を扱ってるけれど、どんより暗いままでもなく、
黃子華、許冠文、2大喜劇スターによる喜劇バランスがさすがの心に染み入るドラマ。
映画館で私の隣に座っていたのはオジサンだったのだけど、
途中で、あれ?😳と思ったら、ティッシュでずず~っと。。
私も少し鼻をすすってしまったけれど。。
。。。
実は
本当のこというと、
このお話、
私、今の自分の現状と被る部分がおおくて、場面ごとにフラッシュバックしてしまい、、今だに感想が書けないのですよ。😢😢😢
この傅文哥(許冠文)達の家族、
文玥(衞詩雅)、志斌(朱栢康)の兄妹を見ていると、自分のなかに入りこんでしまって、、どうしようもなく。。
でも、ドラマに入りこむすぎるには辛いし、引くには吸引力がありすぎて💧😢
なので、
ほんとに、今回まともに感想が書けないという事態。。 💧😰
ほんとにスミマセン💧💧💦💦
ただ、一言だけ。
この映画は、香港人の生死の意義をついてきたのではないかと、それだからこそ、これだけのヒットになったのかもしれない、と思った。
そこに、
道生(黃子華)の最後のモノローグがささる。😭
この最後のセリフにやられ泣いた💧💦😭😭😢😢
陳茂賢監督曰く、
【人生には限りがあり、別離には向き合わねばならない、もし、人生を車での旅に例えるなら、最終駅に着いたら降りる人はいるのだから、現実を受け入れることこそ、しがなさを補って余りあり、生命のどこかに希望があることも信じられるのではないか。】
💧💧💧😭😭😭
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今回、道生役の黃子華もほんとにうまかったけど、
傅文哥役の許冠文に、賞あげたい。👍もしかしたらほんとにいけるか?
文玥(衞詩雅)も
志斌(朱栢康)も、すごく良かったよ。。😢
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それにしても子華!!
昔、映画を作れば『毒薬』て言われてたことが信じられない、と評価されてる😳
今や、出れば大ヒット!😍😍✨✨
今や跳ぶ鳥を落とす勢い。。ほんとにスゴい。。👍👍✨✨
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道生(黃子華)
傅文哥(許冠文)
文玥(衞詩雅)
志斌(朱栢康)
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私がやられた、道生(黃子華)のラストのセリフを
追記:
「有機會來到這個世界已經賺了,何必介懷甚麼時候下車,不如好好欣賞沿途的風景。」
『この世界に生まれおちただけでもう儲けてるも当然。ならばいつ下車するかなんて気にする必要なんてない、いっそのこと、この道なりの風景を楽しんでいこうじゃないか』